運営者情報

こんにちは。

海辺の凡人を運営する森園尊生(もりぞのたかお)です。

副業を始めたところ人生の選択肢が広がり、現在は鎌倉の海辺で小さな会社をしております。(写真は鎌倉では無く渡航先)

副業を始めた理由、起業した理由、当ブログを用意した理由、その経緯をまとめます。
※とても長いので、お暇な方のみご覧頂ければと思います。

経緯・経歴

  • 未来にワクワクしない正規雇用
  • 1年半で退社
  • 未来にドキドキする非正規雇用
  • 副業を始める
  • 毎月海外へ渡航するようになる
  • 2度目の退社を経てノマド無職
  • 令和の初日に海辺に法人を登記
  • 令和2年の秋に当ブログを開始

未来にワクワクしない正規雇用

週5で働き、週末飲み、次の週が来る無限ループ

毎朝通勤して、仕事して、帰宅して、これを5回繰り返すと、週末が来る。
週末は洗濯や部屋の掃除を済ませて、少し買い物して、夜は同僚と飲みに行く。
そして次の週が始まる。

穏やかな職場で、週末の飲みも強制や接待などは無く、純粋にプライベート。行くも行かないも自由ですが、他の予定を入れるほどの時間も余裕も、断る理由も無いので、何となく行く。

平日も週末も同僚皆がそんな過ごし方なので、飲みの席でも会社の話が中心。

なんだかずっと職場にいる感じ。

あれ?これからの人生って、ずっとこんな感じ??

なーんて考え始めたら、だんだんと気が重たくなり、夜中の時間だけが自分の自由な時間で、朝が近づいてくると支配された1日が始まる感覚。

夜中に目が覚めた時に、起床時間まで3時間あると少し嬉しく♪起床時間まで1時間を切っていると、マジか、、と落胆する感覚。

日に日にそんな感覚が増して行きました。

この感覚、伝わる方いらっしゃるでしょうか?

これだけで伝わる方は、副業向きかもしれません。笑

出世頭の課長

希望通り配属して頂いた課の課長さんは出世頭だと言われていました。若くして(と言っても確か30代半ば)課長に昇進されたので。

美大出身でものづくりが好きな方で、その様子は感覚で伝わって来るのですが、その出世頭の課長さんの仕事は部下の仕事の工程管理。ものづくりからは離れてました。(工程管理も会社としてものをつくり上げる上での一役ですが^^;)

誰よりも夜遅くまで残業して、デスクには家族の写真を飾り、頑張るお父さん。
子供の工作や絵も飾ってあり、ものをつくるのが本当に好きそう。
おそらく美大を卒業して会社に入った当時は、自分がデザインする気満々でこの部署を希望したのだろうけど。(自分の想像ですが間違いなく)
もう、自分で直接のデザインやものづくりに携わることもほぼない。

そんな出世頭で仕事が出来る課長

家族のために働くお父さん的なカッコ良さは感じますし、忙しい中でも穏やかに的確な判断を下すことが出来る方で、新入社員でもわかる有能さを感じつつ早くに課長に昇進されるのは納得なのですが、一方で仕事の中に楽しさや喜びを感じられているご様子は・・

社内で出世頭だと言われている人なのに、、
全く憧れられない。。(良い方でしたが、、)

さらに、自分は家族が出来る予定も無いのに、一体何のために日々勤めているのだろう?

ボーナス90%カット

入社して1年が経つ頃、初めての満額ボーナス権利が生まれる頃。
何か喜ばしくない発表がこの後あるであろう、察するに余りある独特な雰囲気な朝、ボーナス90%カットが発表されました。

もう潔く全カットでも受け手の感覚としては変わらない気すらしましたが、そんな中でも、業績の悪い会社が厳しい中で社員のために残してくれた心ばかり10%の気持ち。これがいかに大きな決断か、今なら察せますが、新入社員当時はもうただただ印象に残る朝でした^^;

発表も衝撃的でしたが、それ以上に先輩方の暗い顔(自分も暗い顔してたと思いますが)、これは一生忘れられない。

誰しも暗い顔をしている人は見たことあるかと思いますが、フロア全体で暗い顔した人だらけの、カラ元気すら絞り出せない空間、これは想像と現実はけっこう違うと思いますよ。ほんとに人の居る景色で暗いですから。。

正直もう15年以上前のことなので、当時お世話になった先輩側の顔もうっすら思い出せる程度ですが、あの朝のフロアの皆の表情、あれは雰囲気として生涯忘れられない^^;

さらに、当時僕は新入社員だったので、皆さん自分が辛いのに優しく声掛けしてくれるんですよ。

「ごめんね。入った年にこんなで。びっくりするよな。俺らもびっくりはしたけど、いつかはこんな時代もくるかと、心のどこかで覚悟はしてたから。。今日は飲み行くか。少ないボーナスで奢らせてくれよ!」

みたいな感じで、優しいんですけど、優しくして下さる先輩方の現実(先輩方は家のローンある方も多いからボーナス無いとヤバいですよね^^;)これが優しい表情の奥から不安と絶望がヒシヒシと伝わってきてしまい、、優しく声を掛けて頂けば頂くほど、こっちが辛い。。いやもう、表情の奥じゃ無いです。表情の表に全開で出てらっしゃいました。。

そんな先輩方と話すのが辛い。
これはお世話になっている先輩の心配などでは無く、自分のこれからを想像すると、もうね新入社員にとっては絶望みたいな。そんな辛さ^^;

いまだから笑い話のように書けますが、あの当時、あんなに皆さん暗い顔のまま、次から次へと優しく声を掛けてくれたということは、僕の顔もきっと相当血の気が引いた感じだったのかもしれません。(今ここに書いたから、何だか気付きました)

多くの学生さんは会社の業績や将来性を加味して就職活動されると思いますが、当時の自分は業績とは無関係に製品だけを見て就職活動していました^^;
(ものづくり愛と見れば純粋ですが、ちょっと世間知らず過ぎ)

会社1年目で学んだことは、従業員として働くのなら、会社の業績や将来性は気にした方が良いということですね。

この頃、初めて業種別の平均年収など、そんな情報があることを知りネット検索して愕然としました。笑

初めて副業の発想が頭を過ぎり、数万円のネットビジネス系の教材を購入したのも当時ですが、この時は教材内容が意味不明かつ分量が多過ぎて、ほぼ未着手でゴミになりました^^;

1年半で退社

SOFFetさんの“人生一度”と言う曲をご存知ですか?

もう電車通勤では朝の車内の暗さ(自分が暗いのかな)に耐えきれず、実家が乗らなくなった古い車を貰い受けて通勤するようになった頃、残業後の帰り道の運転中にラジオから不意に流れてきた曲です。

SOFFetさん、こんなお若かったんですね。(今軽くショック。。)歌詞的にもっとお年を召した方達かと思ってました^^;

耳が初めて聴く曲の歌詞の断片を捉えただけでしたが、自分とリンクし、現状と未来への暗い気持ちが一気に爆発して、狂人のように叫びました。ハンドルをドンドン叩きながら涙が溢れて。

あそこまで全力の声が出たのは、人生最初で最後この時だけです。笑

ドライブレコーダーがある時代なら、凄い狂人映像が残せてたと思います^^;

そして、“生きる”という義務課題を、なんとなくこなしていた僕は、このまま人生が終わるかもしれない恐怖を直視し、この夜に辞表を書く決意を固めました。

好き嫌いとは別物ですが、僕の人生に最も影響した曲はSOFFetさんの“人生一度”です。

正直、今聴いてみると、歌詞の意味や意図が、本当はどこに向けられたものなのか、よくはわかりません^^;

未来にドキドキする非正規雇用

地元鎌倉の海辺で昔からお世話になっている方のサーフィンな会社に再就職させて頂きました。

以前の会社のような鬱屈とした感覚も、平日と週末の区分けも、何もかも無くなり、良くも悪くも一般社会から少し外れました。笑

海の目の前で休憩時間に海に入れる職場は最高でしたが、基本的に非正規雇用なので給与が毎年向上する仕組みは無く、収入面や将来への不安は自分でどうにかしなければならないので、ここで改めて真剣に副業を始めることにしました。

副業を始める

当時は自分の見地も狭く、ネット広告や検索でヒットするブログ主さんが推奨されていたアフィリエイトから始め、情報商材系の教材やら塾やら(価格帯は数万円〜数十万円)を買っては試し、挫折と落胆を繰り返し、それでも粘り続けたところ、1年ほどでブログとステップメールの構築から会社給与より大きな収入の柱を築くことが出来ました。

学んだこと、自己投資したことで成果が出始めると、自分でも気付かないうちに副業の目的が収入面の問題解決から、学ぶことと成果の効率化と最大化に変わって行き、最終的には数百万円の教えも求める時期に入って行きました。

学び慣れてくると、学んだだけの成果も出るようになるのですが、学んだ教え(情報や気付き)によって成果が出ているのか、先に大きく投資した分を回収するため頑張って(労力を増やして)成果を出しているのか、なかなかに微妙なところはあるようが気がしました。笑

結局のところ今でも副業やビジネスの“手段”として役立っているのは、副業を始めた序盤に購入した1万円弱の教材の教えの中にほぼ全て詰まっていました。情報や学びを得るためにお金が必要というのはほぼ幻想なのですが(現代は情報は無料に限りなく近い時代)、大きな自己投資をした方が覚悟が決まり成果が出易い事実は確かにあります。

自分の覚悟をお金で買うような皮肉的な摂理ですが、悲しいかな、凡人は追い詰められないと覚悟が決まらない弱さがあるんですよね^^;

もう、情報源という意味では、自分が学んだ当時学んだ情報は今は無料で得られるので、ネットビジネスにご興味ある方で、お金をかけずに情報を探されている方は、WEB記事やYouTube等で検索を繰り返し行い、自身が気になるものが販売されている場所まで上手く誘導されるような流れを感じたら(購入してみようか迷うほどに欲しいと感じるくらい)、その購入したいと思った商品の内容とか、それを誰かからお金を払って学ぶこと等をすっ飛ばして、その商品まで自分が誘導された流れを、どうやったら自分でも真似して同様のものを作れるか。その方法を改めて調べながら組み立ててみると良いと思います。最終的に販売するものは自分の商品では無くても、ASPなどに登録されているアフィリエイト商品から選んでも収益は得られるので。

この収益が生まれるまでの流れを調べて、試して、やってみるという作業が、一度でも自身で何か結果を出したことがある人は、人から教わろうと教わらずとも、ゴリゴリやりながら結果まで辿り着けるのですが(∵何事も試しているうちに結果が出る方法にはいつか辿り着ける確信を持てるから)初めて自分で何かを組み立てる場合は、どうしても自分が調べたり試しているする膨大な作業時間の中で、その先に成果があるのかどうか不安になってしまうので、往々にして途中で挫折してしまう。その不安を払拭するのための精神安定剤的に、誰かに「こうやるんだよ」とやり方を示してもらうのがノウハウ代の価値の大部分な気がしますが、そのノウハウの内容自体は大抵は調べれば無料で辿り着けるような情報の寄せ集めですので、1年でも2年でも結果を出すまで作業を辞めない覚悟を持てるのであれば、ノウハウにお金を払う必要も無いのかなと思います。

ただ、良いノウハウは買った方が覚悟と確信が早めに得られるので、資金余裕がある場合は効率化する場合もありますが。。

毎月海外へ渡航するようになる

収入と移動距離は比例する

地元、海辺、収入基盤、以前欲したもの一応集めたはずが、地元や海辺にいるのに、昼間は会社、夜ぱパソコン、結局のところ昼夜働いていて、全然自由に生きている気がしない!

そんな時に、ビジネスをしていると聞くことが多い「収入と移動距離は比例する」を実践されている方に出会い、自分と同じく海好きだったので相性とご縁を感じて、この方にビジネスの教えを乞うことにしました。

その方が毎月海外に渡航していたので、真似して自分も毎月渡航するようになりました。

この頃まだ従業員として働いていたものの、シフト性の働き方だったので、わがままに休み希望を職場に求めれば、毎月1週間くらいの海外渡航は可能でした。従業員のままこのスタイルが出来たのは、現在も公私ともにお世話になっている職場のおかげなので感謝しかありません。

2度目の退職=無職で渡航継続

毎月渡航が許される職場、さらに勤務時間や賃金含め労働環境が昔よりお圧倒的に良くなった職場、職場環境がこれ以上無い状態になってきたところで、退職させて頂きました。

最初の会社は辞めたくて退職しましたが、退職したく無い想いの中で退職に至りました。

文章が矛盾してますが。。

退職を考えるきっかけは完全に海外渡航ルール。
毎月1回、1週間だけ旅行だけしているようで、実際は帰国したらすぐ次の渡航先への準備と仕事が並行するのはもちろんんのこと、そもそも次の渡航先の手配も進めておかないと(余裕があればその次くらいまで)、毎月渡航が成り立たないんですよね。要は地味に忙しい^^;

毎月渡航ルールを開始して3ヶ月くらいで、思ったよりも忙しく渡航が仕事の一部的なタスク感に染まりつつあったのですが(仕事では無くプライベートなのに^^;)、それまでの数年間が旅行不足で渡航欲求が高まっていたので、最低1年は毎月渡航ルールを続けてみたい想いがありました。

となると、忙しさ解消の選択肢で浮上してくるのが、副業の何倍も時間を費やしている会社を辞するという方法。。

ただ、海辺の職場で、内容も完全に趣味の延長、休憩時間も海で遊べる環境、絶対に手放したく無い^^;

でも、それは “どこかで従業員として働くなら” という前提条件付きであることに、何となく気付き始めて、起業したい欲はそれまで全く無いつもりでしたが、自分が本当に欲するライフスタイルは会社を辞さないと実現されないこと、その自分の深層を見つめことになり、毎月渡航のわがまま休暇申請に続き、わがまま第二弾で退職に至りました。

辞めるからには、この職場に恩返しできる事業を提案しよう!なんて思いつつ。
(執筆時点で退職から3年経ちますが、未だに恩返し事業は生まれてませんが^^;)

実際に会社を辞めると渡航期間を長く設定出来るようになるので(副業はどこでも出来る)、長らく行きたかったが短期休みでは行けなかったバーニングマンに行ったり、1ヶ月程度ですが短期英語留学したり、国から国へのプチ旅人気分をしたりと、会社を辞してからも1年以上は無職のまま毎月渡航を続けていました。

令和の初日に海辺に法人を登記

毎月渡航する中で、自分に毎月渡航の手本を魅せてくれた方とも何度か一緒に旅行させて頂いたのですが、そこで重大なことに気付きました。(これ結構大きな気付きで)

この方、めちゃくちゃ仕事されるんですよね。ゴリゴリのビジネスな感じで。
ご本人は「別にそんなに仕事してないよ。」っておっしゃるんですけど、自分から見ると、旅行中に仕事ばっかりされてるような印象で^^;

そこで何と無く気付くのは、この方は元々の気質がゴリゴリのビジネスがお好きな方で、場所を選ばずビジネスをされることが実際に幸せな在り方のようなのですが、もし自分がこの方くらいゴリゴリにビジネス持ち歩いたら、それはかなり苦痛だなと。スキル的にもこの方ほどゴリゴリにビジネス出来ませんが、仮に出来ても正直辛いなと。

これはもう人としての理想の在り方の違いなので、自分の理想のバランスは、学ぶことで得られる幻想比率を減らしながら、もう自分で組み立てるしか、やっぱりそれしか無いのかなと気づかせて頂き。。

そうこうしているうちに、元号が新しいもの(令和)に変わる頃だったのと、その新しい元号の初日(5/7)が自分の誕生日と重なっていたので、新元号になった初日に自分の好きなバランスを貫く会社を立てるのも面白いかなと想い、毎月渡航ルールを終了(いずれまた再開しても面白そうなので休止かな)して、登記準備に入りました。

登記は素人ながら、定款の作成も、登記の申請も、司法書士の先生も、行政書士さんも誰も使わず、自分で行いました。
会社は作るだけなら、定款作成〜登記申請までやり方は難しく無いので、これもどこかで記事にまとめたいと思います。

令和2年の秋に当ブログを開始

会社の1期目が終わり、趣味の延長のような海辺事業を淡々と画策しつつ、コロナ禍が来て(執筆現在は第2派が騒がれ始めていますが、話題はGoTo中心で日本は海外に比べて平和な雰囲気ですね)、そんな中で当ブログ開始を思い立ちました。

副業や起業に関する情報を当ブログで発信することにした理由はこちらご覧頂ければと思います。

あわせて読みたい
副業情報を発信する目的
副業情報を発信する目的当ブログで情報を発信しようと思い立った背景には、令和2年のコロナ禍があります。自粛、リモートワーク、副業・・とニュースが流れる中。最近は副業について情報収拾...

他、運営者の最新情報はfacebook等をご覧頂ければと思います。
※お会いした覚えの無い方からの友達リクエストは基本的には承認せず放置しております。当ブログ経由でリクエスト頂ける際はメッセージ(メッセンジャー)側にブログご覧になられた等の理由を一言お願い致します。

今現在は自身ではアフィリエイト(昔作った放置サイトから僅かながら勝手に生まれ続けている収益分を除き)もコンサルもコーチングもしておりませんが、何の縁かこのサイトまで流れついた方からのメッセージには、時間が許す限り可能な範囲でお返事してみようと思っております。

facebook